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ちなみに

火曜日の空は僕を押しつぶした。

写真について

写真を撮るのが好きだ。

いつから好きになったかは覚えていない。気がついたら好きになっていた。本格的にやろうとは思わなかったけど、それでもずっと好きだった。

LOMO LC-A でフィルムで撮っていたことや、ソニーコンデジを持ち歩いていたこともあったし、PEN Lite E-PL2 のときもあった。今はほとんど iPhone で撮っていて、たまに気合を入れて EOS Kiss X7 を持っていく。

撮った写真はそこそこいいものもあれば、ぜんぜん駄目なやつもある。むしろひどい写真の方が多い。だけどあんまり気にしてはいない。うまくはなりたいけど、それに生涯をかけるつもりもない。

ところで僕は自分のことがあまり好きではなかった。常に自信がなかったし、そのくせちょっとうまくいったら調子にのってやり過ぎる。いくらでも自分の嫌いなところを挙げられる。劣等感の塊で他人と自分を比べては落ち込んでいた。

そんな僕にとって唯一の世界との距離感がうまくとれるツールが写真を撮るという行為だったのではないかと思う。記録でもなく、アートでもない、ただただシャッターを切った。シャッターを切るとなんだか安心できる。ファインダーごし(いまだと液晶ごしですね)に世界をみると、そこには自分がいない。つまり誰とも比べる必要はなかった。その瞬間だけは自分がいなくなったように感じる。ファインダーのこちら側には自分だけしかいないので、人と比べずに自分を肯定できた。

そんな僕なのだけれど、最近は写真に頼らなくなってきているような気がする。

なんでかなと考えていたら、最近は毎日が楽しいことに気付いた。 それに前ほど自分のことが嫌いじゃない。 誰かと居ても劣等感を感じることも減っているし、世界に自分が居ることを歓迎している。

なるほど。自分を守るために写真に頼る必要はなくなったのかもしれない。

気が付くと自分もファインダー中にいた。友達と居るときもカメラを構えて距離をとる必要がない。直接ことばをかわしている。それが楽しいと感じられる。

自分のことを肯定し始めている。このまま人生はいい方向に向かうと思える。まあ、いつものように調子に乗らなければの話だけれど。

写真はもう止めるのかと言われるとそんなことはない。これからも写真を撮り続けると思う。 なんとなく、これまでとは違った視点で撮ることが出来るようになってきただけである。 難しいことは分からないし、ど素人な状態から抜けだせていないけど、やっぱりおもしろい。

最近一番うれしかったことは、笑顔の写真が撮れるようになったことだ。僕の尊敬する友人の1人でとても笑顔を撮るのがうまいがいる。彼の写真を見ていてこんな写真を撮りたいといつも思っていた。ただ、相手に笑顔でいてもらうには、撮る人間もしあわせでなければいけない。ずっとそう思ってきて、ずっとそれが出来なかった。それが出来た。こんなに嬉しいことはない。

調子にのって適当に書き始めたらオチがなかった。これはひどいし、調子にのってはいけないと思う。